暮らし

「丁寧な暮らし」より「心地よい暮らし」を目指す

 

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こんにちは、sioriです。

モノを減らす、手間を減らす、は積極的に出来るんですが、逆に、「手間をかける」とか、「丁寧に」とか、「細かいところまで気を配る」とか、「時間をかけて」とか、ほんとに苦手です・・。

雑誌でもインターネットでも「丁寧に暮らす」ということがこれだけもてはやされている昨今、そうしないことはまるで人間失格かのように否定された気分になってしまいます。(私だけでしょうか)
この「丁寧ブーム」に、なぜかそんな強迫めいた圧力を感じるのです。

 

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「丁寧な暮らし」、みんな出来てるのかなぁ

でも、これだけそういった本やブログが流行るのは、たぶん「それを実践するのが実はなかなか難しいことだから」という面もあるような気がします。

「丁寧な暮らし」というのが実はなかなか難しく普通の人には実践しづらいことだからこそ、「憧れの暮らし」「目指すべき暮らし」として位置づけられて、これだけのブームになっているのではないかと思うのです。

現代人はとても忙しいです。女性は特に、妻・母・嫁など役割が多いゆえにあれこれと面倒なことに時間を取られてしまうんですよね。

主婦には堂々と休める休日がありません。ちょっとした休憩時間すらままならない人もいます。私も日々の仕事や家事育児でたいていいつも疲れているし、ちょっと空いた時間はソファでゴロンと横になりたい。体を休めたい。

そんな時、散らかった部屋が視界に入ると途端に自分が怠けているような気分になってしまう・・。「こんなことしていないで、さっさと片付けなくちゃいけないのに」。ただボーっとする時間を持つことすら罪のような気にさせられてしまう。

 

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本屋で「天然生活」など、暮らし系の雑誌をパラパラめくっては「本当はこんな暮らしがしたいのに・・・」とため息が出てしまいます。憧れと現実のギャップがそのまま「私の足りなさ」に思えて来て、何だか後ろめたい気持ちになって来るのです。

 

「丁寧な暮らし」とはどういう暮らしか

丁寧な暮らしって何だろう。丁寧な時間って、どういう時間なんだろう。

「丁寧」という言葉は、私の解釈では、「手間をかけること」「心を込めること」です。

例えば、紅茶を入れた時、庭のレモンをもいで来て包丁でスライスし紅茶に入れる。それは私にしてみればとても「丁寧」な行動です。でも非常に面倒です。

まず、ただ紅茶を飲みたいだけなのに、庭に行ってレモンをもいで来ないといけない。そして、レモンを洗いまな板の上で包丁を使って切る。使った包丁とまな板は洗わないといけない。

「1杯の紅茶を飲む」、それだけのことにこれだけの手間ひまを掛けたら、それはたいそう「丁寧」だと思います。でも、それらの作業を「面倒」だと思いながらムリしてやっていたら、それは「丁寧な暮らし」の意義とはかけ離れたものになってしまうのではないかと思うのです。

 

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自分の感じる「心地よさ」が基準になる

「丁寧な暮らし」とは、おそらく「満足感」が伴ってこそ、意義のあることなのだと思います。めんどくささに「不満」を感じながらやっていては、その「丁寧さ」を喜べないからです。

やっぱり、その人が心地よさを感じられなければ、どんな暮らしであってもその人にとっては窮屈なものになってしまうのではないかと思うのです。

例えば、紅茶を、普段使いとは別のちょっとお気に入りのティーカップに入れてみる。少し窓を開けて、外の風を感じながら紅茶を味わう。その傍らに読みかけの本を置いて。

これには大した手間は掛かりません。お気に入りのティーカップを使ったからと言って、洗う手間はいつもと同じです。それでも、何となく、自分のお気に入りの空間を作って、その中で「紅茶を飲む」という行為が、何だかとても素敵なひとときのように感じて来ます。

 

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ようは、自分がそれをどう感じるかにすべてが掛かっているのではないかと思うのです。世界は自分の五感が創り出しているものだ、という考え方がありますが、本当にその通りだと思います。

自分が心地よく感じるか、心地悪く感じるか、それらは実体のないただの個人的な感覚として、得てして後回しにしてしまいがちですが、暮らしの決め事をしていく時には案外一番大切な基準なのではないかと最近思うようになりました。

「丁寧な暮らし」とは、日常の細々としたことに手間をかけ時間をかけ、そうすることによって心が豊かになる、そんな暮らしだと思います。でも、今のこの忙しくて自分の自由な時間さえままならない私にとっては、何かの時間を削ってまで取り組むようなことではないし、なにより心の余裕がありません。私には私にできる範囲の「心地よさ」を堪能できる暮らしで、今は十分なのです。

 

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たま~に雑誌や誰かのブログを見て、風が吹き抜けるようなその素敵な暮らしぶりに「ほぉ~~」とため息をつき、「こんな暮らしに憧れるわぁ・・」と、目を閉じてまるで自分がその中に居るかのような空想にふける。

私にとって「丁寧な暮らし」は憧れだけど、自分の日常にはなり得ないものです。なのでそんな空想のひとときを楽しむくらいでちょうどいいのです。