日記

「老いる」ということ

 

こんにちは、しおりです。
新しく「日記」のカテゴリを作りました。
今日からはこのカテゴリで、私の日常のことや感じていることなどを少しずつ書いてみたいと思います。

今日は、先日ひさびさに母と会った日の話です。

久しぶりに母と会って思ったこと

先日、県内に住む母がうちに遊びに来ました。
いつだったかメールで「今度よかったら一緒にお昼ご飯でも食べましょう」と言って来て、いつも仕事に趣味に付き合いに忙しい母の方からそんなことを言ってくるのはほぼ初めてだったので、ちょっとビックリしました。

母は73歳で仕事をリタイヤしました。
仕事をしている間もよく友人と出かけたりプールに通ったりして活発に過ごしていた母ですが、退職してからも趣味に運動にと、たぶん私以上に精力的な日々を送っています。
最近はコロナの影響もあって、しばらく家にこもっていたようですが、先月あたりからウォーキングも再開したりして、少しずつ日常を取り戻しているようです。

ただ、コロナのことがあったにしても、これまで母の方から食事をしようとか会おうとか言って来たことは一度も無かったので、少々心配になりました。

仕事をやめて人から頼りにされることもなくなり、そこにコロナの影響が重なって弱気になっているのだろうか…?
いや、もしかしたら何かあらたまった話でもあるのかも…?

そんなふうに思い、少し身構えていたのですが、実際会ってみるとそんな様子もなく、普通に孫へのお土産を持ってやってきて、いつも通り一緒におしゃべりを楽しんで、普通に帰って行きました。

何か用事があったわけではなく、ただ本当に淋しかっただけなんでしょうか……。

高校生の娘には編みぐるみの本と毛糸を何種類か、大学生の息子には図書券をくれました。
オンライン授業で家にいた息子と、たまたま学校の都合で早く帰って来た娘に会えて、母はとてもうれしそうでした。

息子は授業があるので、娘と母と私の3人で地元のイタリアンレストランに少し遅めのランチを食べに行きました。

母は前菜のサーモンやエビのマリネを「おいしい」と気に入りたくさん食べていました。
「おいしく食べられるうちが花よね」と母。

なんでも、少し前に受けた健康診断で「少し痩せた方がいいですね」と医者に言われたらしいのだけど、母は食べたいものを我慢して長生きするより、食べたいものを自由に食べて、それで少しくらい寿命が縮んだってそっちの方が幸せだ、と言います。

本人がそこまで達観しているなら、周りがとやかく言うような話ではありません。
それに私もその考えには賛成です。

長生き=幸せではないことは、介護の仕事で嫌というほど思い知っているので…。

正直私も、子どもが成人して子育てが終わったら、あとはもう自由にしたいことをして生きたいと思っています。

そして頭がボケたり体の自由が利かなくなる前に、誰にも迷惑をかけることなく人生を終わらせたい…というのが私の願いです。

なかなかそんなに都合よく行かないことはわかっているけれど…。

帰りに、私が普段からよく通る道に、母をドライブに連れて行きました。

道々に咲く季節の花を「きれいねぇ~」と眺める母。

なんとなく私の普段見ているこの町の風景を、母にも見てもらいたかったのです。
私の日常を、母に少し垣間見てほしかった。

子はいくつになっても親に自分のことを知ってもらいたい、興味を持ってもらいたいという気持ちがあるんでしょうかね。

最後に駅まで送り、改札口へ向かう母を見送りました。

それまであまり気づかなかったのですが、母の足取りはずいぶんおぼつかなく、ちょこちょこ歩いて途中でヨタりそうになったりフラついたりしていて、見ていてハラハラしてしまいました。

いつからあんな歩き方をするようになったんだろう。
あんなんじゃ、いつ躓いて転んでもおかしくない。

ヨタ付きながらこっちを振り向いて手を振る母を見て、危ない、前を見て!と心の中で叫ぶ私。

そういえば食事中も何だか手が震えていたっけ。

元気そうに見える母も、もう77歳。
体のあちこちに老いがきているんだなぁ、、、。

子どものころから母は私にとって強く絶対の存在でした。
その母の、年を取って衰えた姿を見るのはずいぶん忍びないものです。
どうしても老いというのは「死」や「別れ」を連想させるから。

いつか私も、母のように年老いた姿を子どもたちに見せる日がやってくるんだろう。

老いるって淋しく悲しいことだな……。

ちょっとしんみりしてしまいました。
それでは、また。

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